東京地方裁判所 平成3年(ワ)5941号 判決 1992年9月30日
原告 有限会社やま美
右代表者代表取締役 吉岡義実
右訴訟代理人弁護士 水津正臣
被告 ラックランド工業株式会社
右代表者代表取締役 望月昭
右訴訟代理人弁護士 和田良一
主文
一、被告は原告に対し、金二五〇万円およびこれに対する平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。
四、この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
1. 被告は原告に対し、金五〇〇万円およびこれに対する平成三年一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
3. 第一項につき仮執行宣言
二、被告
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
1. 原告と被告は、昭和六三年九月二日、原告が株式会社マイスターに対してパイローラー一台(以下「本件物件」という。)を含む北坂戸団地インストアベーカリー「ブリスベン」の内装設備一式を売渡すに際して、原告が日本信販株式会社に対して負担している本件物件の残リース料を被告において引受けて支払いを継続するとの約定をし、被告は右残リース料相当額を株式会社マイスターから受領した。
なお、この契約は被告(代表者)が陣内利博を使者として原告にリース代金引受証(甲第四号証)を交付する方法により直接に行ったものであるが、右甲第四号証が偽造であって被告(代表者)が直接にしたものでないとしても、この契約は、被告の従業員(係長)である陣内が行ったものであり、係長は商法四三条一項の手代に該当する。そして、被告は業務用調理装置のリースを業としているから、この取引の取引内容は陣内の担当職務の範囲内である。したがって、この契約は原告と被告との間で有効に成立している。
2.(一) 仮に陣内に第1項の契約をする権限がなかったとしても、被告には陣内が代理権限を越えていることを知らなかったし、かつ、権限ありと信じるべき正当の理由があるので、被告は民法一一〇条の表見代理責任を負う。
(二) また、これは被告の事業の執行につきなされたものであり、その行為によって原告は損害を被ったから、被告は民法七一五条により使用者としての責任を負う。
3. しかるに、被告はそれ以後本件物件の残リース料の支払いをしないので、原告は平成二年一二月二一日に前項の残リース料のうち金五〇〇万円を日本信販株式会社に支払い、平成三年一月一一日に被告に到達した内容証明郵便にて右支払いの事実を通知し、かつその支払いの催告をなした。
4. よって、原告は被告に対して、主位的には第1項の契約による立替金に基づいて、予備的には民法一一〇条の表見代理もしくは使用者責任に基づいて、金五〇〇万円およびこれに対する催告の到達した日の翌日である平成三年一月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する被告の認否
1. 原告の請求原因1のうち、原告主張の契約の存在は否認する。甲第四号証は陣内が勝手に作成した偽造のものである。その余は争う。
陣内が「係長」の職階にあったことは認めるが、係長であればすべて商法四三条第一項の手代に該当するものではない。陣内は販売活動に従事していたのであるから取引先に対し融資や債務引受をする立場にない。
2. 同2は争う。
(一) 2(一)は争う。
原告は陣内が権限ありと信ずべき正当の理由を何ら主張していないし、具体的にもそのような事情はない。
(二) 2(二)は争う。
被告は、これまで業務用調理装置のリースを行ったことはない。また、金融業を営むものではないのでリース代金の引受をしたこともないし、中古の調理機器の販売を業としたこともない。
したがって、陣内のしたリース代金引受行為は被告の事業の執行につき行われたものではない。
3. 同3のうち被告がリース料の支払いをしていないことおよび原告からその主張の催告がされたことは認める。その余は知らない。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、成立について争いのない甲第一号証(支払命令正本)、甲第三号証の二(陣内の名刺)乙第五号証の一(被告の会社概要)、二(被告の商業登記簿謄本)、乙第六号証の一(陣内の履歴書)、原本の存在および成立について争いのない乙第八号証(原告作成の額面一二〇〇万円の領収書)に、証人宮島成年、同三島昭寿の各証言、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
1. 原告はスーパーを経営する会社であり、被告は資本金二億五二五〇万円、年間売上高一〇〇億円以上の商業施設、冷凍、冷蔵設備、厨房設備等の設計、施工等を業とする会社である。
2. 陣内は昭和六三年当時は被告の係長(食品機器事業部の営業一部の係長)の職にあり、具体的にはパンケーキ関係の機械の販売に従事しており、その関係で原告とも以前から面識があった。
3. 原告は、陣内から北坂戸の駅前に店舗があるから出店してみないかと紹介を受け、陣内を通じて内装工事をしたうえで、昭和六三年二月ころから北坂戸駅前において北坂戸団地インストアベーカリ「ブリスベン」という屋号でパン屋の営業を始めた。
4. しかし、「ブリスベン」の営業は赤字であったので、原告は開店から五か月位で営業を廃止することとし、陣内に買主を探してもらい、株式会社マイスターに営業用のパン焼機である本件物件を含め一切を合計金一二〇〇万円にて売ることとしたが、本件物件はリース物件であり、原告と陣内との間では、被告が残リースを引受けるという約束となった。
5. そして、昭和六三年九月二日に原告代表者と株式会社マイスターの代表者の花井孝治と陣内とで新宿のホテルで会い、契約書(乙第三号証の三)を作成したが、前記のとおり、本件物件の残リース料は被告において引受けるという前提で、陣内は原告にあらかじめ作成していた被告作成名義のリース代金引受証と題する書面(甲第四号証)を交付し、原告は一二〇〇万円から七〇〇万円を差引いた残金五〇〇万円を受領し、額面金一二〇〇万円の領収書(乙第八号証はその写し)を花井に交付し、陣内は七〇〇万円を花井から受領した。
以上の認定に反する証拠はない。
なお、前掲甲第一号証(支払命令正本)の記載に徴すると、本件物件はリース期間中はリース契約を解除することができない約定となっているものと認められる。
二、そこで、以上の事実を前提として、以下検討する。
1. まず、原告の請求原因1のうち、被告が甲第四号証の被告作成名義のリース代金引受証と題する書面によって直接原告と債務を引受ける契約をしたことになるかであるが、甲第四号証を被告が真実作成したものと認めるに足りる証拠はないから、これを認めることはできない。同号証には被告および被告代表者の記名印(ゴム印)が押捺され、会社代表者印のようなものが押印されているが、これが真正なものと認めるべき根拠はない。証人宮島成年の証言により成立を認め得る乙第四号証中の真正な被告および被告代表者の記名印(ゴム印)・代表印・手形・小切手使用印と右甲第四号証中の記名印や会社代表印とを比較すれば、これらが同一のものでないことは明らかである。また、被告の社員である陣内が持参した点で被告が真実作成したものであるとの疑いも生じるが、証人宮島成年の証言により成立を認め得る乙第九号証に同証人の証言によれば、被告にはそのような契約をした記録がないこと、陣内は昭和六三年一一月に被告を退社していることの各事実が認められるのであり、これからすると、陣内が勝手に甲第四号証を偽造したものと推測されるところである。
2. 次に、原告は、陣内には被告の手代として商法四三条一項により被告を代理する権限があった旨主張するので考えるに、陣内が「係長」の職階にあったことは当事者間に争いがない。
しかしながら、前記認定事実によれば、陣内は、外形上は、被告の商業使用人として独立の権限に基づいて原告と債務を引受ける契約をしたのではなく、被告代表者の使者として意思表示をしたとみられるのであるから、そもそも原告の商法四三条一項に基づく主張はその前提を欠く、また、その点をしばらく措いて、仮に「係長」が一般的に商法四三条一項にいう「手代」に該当するとしても、もとより「手代」の代理権は、その担当する職務の範囲内に限定されるものである。そして、この観点からみれば、前記認定のとおり、陣内はパンケーキ関係の機械の販売に従事することを前提として「係長」の職にあったものであり、かつ現実に右の範囲内の業務に従事していたにすぎないのであるから、パンケーキ関係の機械の販売に関しては限定された代理権を有していたとはいえても、それ以上に本件の如きリース代金債務の引受というような業務に関して代理権を有していたとは認められない。
したがって、原告の商法四三条一項に基づく主張は採用しない。
3. 次に原告は、陣内について民法一一〇条(権限踰越)の表見代理の主張をするが、外形上、代理行為に基づくものと認め難いことは前記のところと同様であるのみならず、被告指摘のとおり、原告において陣内が権限を有することを信じた具体的事情の主張はないし、前記認定の被告の会社規模からすると、リース中の物件をリース会社の同意を得ることなく転売する仲介をし、自ら残リース料の支払いを引受けるというやや信義に反するような契約をする会社と信じる点は容易なものがあるといわなければならず、結局のところ、陣内が権限を有することを信じたについて原告に過失がなかったとまでは認められない。
したがって、原告の民法一一〇条に基づく主張は採用しない。
4. 次に、原告は民法七一五条の適用を主張する。
前記認定のところからすれば、被告は、商業施設、厨房設備等の設計、施工等を業とする会社であり、現実にこれを行っているか否かにかかわらず、当然、商業施設、厨房設備等の売買の仲介も外形上は被告の事業に含まれるというべきである。そして、陣内は係長としてパンケーキ関係の機械の販売に従事していたのであるから、外形上は、被告代表者名義をもってされた本件リース債務の引受けは、被告の使用人である陣内が使者として被告の事業を執行したものと見ることができる。
なお、このことは商法四三条一項の適用が否定されることとなんら矛盾するものではない。なぜならば、商法四三条一項にあっては、「代理形式」による権限の有無が問題とされるのであるのに対し、民法七一五条にあっては、陣内の外形上の行為が被告の事業の執行といえるか否かにかかるからである。したがって、陣内の行為が外形上、被告の事業の執行に該当するものであれば、それが代理として行われるのか使者として行われるかは民法七一五条の適用上は関係がない。
してみれば、被告は民法七一五条による責任を負う。
三1. 原告の損害であるが、成立について争いのない乙第一号証の一、二、弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第二号証に原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、原告が平成二年一二月二一日に本件物件の残リース料として金五〇〇万円を日本信販株式会社に支払ったことが認められ、平成三年一月一一日に被告に到達した内容証明郵便にて右支払いの事実を通知し、かつその支払いの催告をしたことは当事者間に争いがない。
2. ところで、前記説示のとおり、原告において、被告が自ら残リース料の支払いを受けるというやや信義に反するような契約をする会社と信じる点は安易なものがあるといわざるを得ないところであって、これを重大な過失とはいい得ないものの、過失があったことはこれを否定することはできない。
したがって、陣内の行為により被った損害については、過失相殺をすべきところ、本件の場合、その割合は五割をもって相当と考える。
四、よって、原告の本訴請求は金二五〇万円およびこれに対する催告の日の翌日である平成三年一月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとして、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 綿引穣)